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2008.07.14 (Mon)

中二にケータイを買い与えるか否か。

昨日は家の模様替えというか、でかいものを動かしたりして、そのあとスキーのクラブのばーべきゅーにいってきたんだけど、なんかそこで知り合いのM氏とその息子(中二 +その仲間達)がケータイを買うか買わないか抗争をしていました。

いや〜やっぱりほしい年頃ですよねぇ…。僕みたいに電話やメールをしてくれる人がいないと必要ないですが(^^;)


そこでこう、僕はちょっと子供側を押して、買わせる方向にしちゃったんですが(来週に買ってもらえるとのことだが、困ったことにノリでやってしまった、笑。ちょっと後で妥当だったかどうか悩んだ…汗)、まあ書きたいのはそっちじゃなくて。



無意味な規則が多すぎるんじゃないか?学校とか、親とか。ということだ。少年達がとても怒っていた。

弱肉強食的世界において、力を持つもの(親とか、教師とか)が意見を通すのは、まあ仕方ないことなんだけど、ケータイのメール制限一日10通で、中身を見られるようなのは、やりすぎなんじゃないか?とか思う(昔持ってたとき、こうだったらしい)。

人とのコミュニケーションを抑圧することに、一体なんの意味があるのか?



人間は根源的に、人を思い通りにしたい願望があるのかもしれない。

人に命令をして、言うことを聞かせるというのは、そこに否応なしに上下関係が成立する。人間というのはランク付けが大好きだから(だからクラスで偉そうにしているバカが出る)、たぶんそれで言うことを聞かせたがる。

結果として、訳わからんルールを増やす。


髪をきれ、とか。髪を染めるな、とか。スカートの丈を短くするな、とか(…僕が教師なら推奨しますが、笑)。


昔、僕の通っていた高校の生活指導とか言うふざけたおっさんが訳わからんことをいっていた。

「芸能人たちが髪を染めるのはアレが仕事だからなんだよ。だから学生は仕事じゃないんだから髪は染めてはならない。」


…もうね、バカは失せろ。って感じ。

そういう無理やりあとから取り付けたような理由って、すごく醜い。スマートじゃない。

こういうのに育てさせるから、ろくな人間が育たない。





…ま、つまりだ。正しい意見が通るんじゃなくて、力のあるものの意見が通るんですよ。正しい意見が通るのは、大衆に後押しされて、それが通りやすくなるからだ。

そしてそれは人間の結構深い欲求に根差しているから簡単には止められない、と。


…変えたかったら、上回る力を…とか思う。(まあ、交渉術もひとつの力だ。)



昨日はお休み〜

家の模様替えと大掃除。その後バーベキューいって雑用こなしたら終わってしまいました。
【編集】 |  06:58 |  雑談ねた  | TB(0)  | CM(2) | Top↑
ごーすけさん、こんにちわ。
今日も暑いですね。

そういえば村上春樹の海辺のカフカでは、少年が主人公なんですけれど、世界で一番タフな15歳にならなくちゃいけないっていう言い回しが頻繁に登場しますね。


コントロール欲求に無自覚な人が、さも当然の権利のようにコントロールしてきます。
あれは本当にうざいなあ。
多くの場合そこにはなかなかごもっともな理念とかがありますし、またそうじゃなければ彼らのパワーも出にくいんでしょうが、他者に対する想像力は欠落しやすいですね。


特に公立の教員ってのはそういう体質がすくすくと育ちやすい構造をしているかもしれません。
もちろん例外はいると思いますし、そういう先生が増えて欲しいです。
龍安 |  2008年07月19日(土) 09:12 | URL 【コメント編集】
こんちは〜♪(朝ですが)

いやいや、実に暑いっすよね…。胸の緊張で食欲が…。


そういえばそうですね。でも十五歳とか…、金がなくて二日で餓死しそうだ(笑)小説であれ、なんであれ、ちゃんと生きるってのはタフじゃないと出来ないですよね。日本でもそういう側面はちゃんとある。


本当に、他者への想像力の欠如ってのは陥りやすいです。なんといっても僕が陥る(笑)

しかしコントロール欲求に無自覚だからこそ、さも当然の権利のようにコントロールしてきてしまうのかもしれませんね。どれだけ難しいかわからないから。

でも親…ですからね、他者に当たり前を押し付けるってのは、あまりいただけない、とは思うんですが、それでも子どもを生んだ以上、自分の欲求をそこそこ制限しても、本当に子どもの幸せのために頑張ってほしいなぁ…と思うんです。

しかし…簡単じゃないなぁ…。



そうですね、公立だと給料も低いし(笑)

というか、現在の教員の人達の時代って、教師が暴力をふるって意見を通すとか普通だったからああなっちゃうのかもしれません。まあ想像力の欠如というのは社会全体に蔓延している疫病みたいなものだから彼ら独自のものではないけど。

しかし教師と生徒の分離。違うものだ。と思い込むことが、それを助長しているのかもしれません。生徒の視点で世界を見にくい。また、世代が変わって、ずいぶん人のありかたも変わっているだろうから、自分の記憶を頼りに生徒の心情を容易に推し量れないのかもしれませんね。


僕は教育ってのをものすごい重く考えてるんです。国を、世界を構成するのは人だと。だから人の質が、特に民主主義社会では大きく国家のあり方に影響するし、その質を上げることが一番大事なことだと思ってるんですね。

そこにおける教育ってのは、もうほんと、土台の土台みたいな感じです。

その土台の土台で、この惨状ってのは…絶対ほっといちゃダメだなぁ…とか思ってるんですよ。

何とかしたいなぁ…とか思います。


…長くなっちゃいました。なんか熱弁しちゃいましたね、すみません(^^;)
ごーすけ |  2008年07月20日(日) 08:00 | URL 【コメント編集】
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